Q.値段が上がると買う量が減るのは分かるのですが、そこにわざわざ2つの理由を分ける意味はあるのですか。
A.2つの力は別々の原因から生まれるからです。1つは「同じ満足なら安い物に乗り換えたい」という、他の物との比較から生まれる力です。これを代替効果(substitution effect)と呼びます。もう1つは「値上げで使えるお金の中身が目減りし、暮らし全体が少し苦しくなる」という力です。これを所得効果(income effect)と呼びます。値段が下がったときに片方が逆向きに働く商品もあり、原因を分けておくと、そうした例外を落ち着いて説明できます。まずは「割高だから避ける」「貧しくなったから買い控える」という2つの声が同時に鳴っている、とイメージすれば十分です。
まず、どこでつまずくのか
需要曲線(demand curve)という言葉を初めて見ると、多くの人が同じところで止まります。「値段が上がれば、買う量は減る」。これ自体は納得できます。むしろ当たり前すぎて、なぜわざわざ説明が必要なのか分からない、という感想を持つ人も多いです。
つまずきは、その次にあります。テキストにはよく、こう書かれています。「需要曲線が右下がりになるのは、代替効果と所得効果という2つの効果があるからです」。ここで急に用語が2つ出てきて、話が難しく感じられます。
当たり前に思えた「値段が上がれば量は減る」の裏に、なぜ2つも理由が必要なのか。この記事は、その2つの正体を、計算を使わずに順番にほどいていくものです。まずは用語を忘れて、買い物の場面から始めます。
身近な例で考える
ある人が、毎朝コーヒーを飲む習慣を持っているとします。使えるお金は決まっていて、コーヒー豆にも他の食べ物にも、その中からお金を回しています。
ここで、コーヒー豆の値段が急に2倍になったとします。この人の頭の中では、たぶん2つのことが同時に起きます。
- 1つ目。「コーヒーがこんなに高いなら、朝は紅茶(tea)で我慢しようかな」。つまり、割高になった物を避けて、似た役割の別の物に乗り換えようとする気持ちです。
- 2つ目。「コーヒーが高くなったせいで、今までと同じ買い物をすると、財布がきつい。全体的に少し節約しないと」。つまり、値上げのせいで暮らしそのものが苦しくなり、買う量を控えようとする気持ちです。
どちらも、コーヒーを買う量を減らす方向に働きます。この2つの気持ちこそ、後で出てくる2つの効果の正体です。順番に見ていきます。
理由その1:割高になった物を避ける
1つ目の気持ちを、もう少していねいに見ます。コーヒーが2倍になっても、紅茶の値段は変わっていないとします。すると、コーヒーと紅茶を比べたとき、コーヒーの方が「相対的に」高くなりました。相対的とは、他の物と比べて、という意味です。
人は、同じくらいの満足が得られるなら、安い方を選びたくなります。そこで、朝の一杯をコーヒーから紅茶へ少し移します。これは、財布が苦しいかどうかとは関係なく起こります。純粋に「割高な物より割安な物」という比べっこから生まれる動きです。
この、割高になった物を避けて割安な物に乗り換える動きを、代替効果(substitution effect)と呼びます。代替とは「他の物で置きかえる」という意味です。ポイントは、値段の比率が変わったことだけが原因だ、という点です。
理由その2:実質的に貧しくなる
2つ目の気持ちに移ります。こちらは、比べっこの話ではありません。財布の中身の話です。
コーヒーの値段が上がると、今までと同じ生活を続けようとしたとき、お金が前より足りなくなります。手元の金額は同じでも、買える物の量は減ります。これを、実質的に貧しくなった、と表現します。財布の中の金額(名目)は変わらないのに、その金額で買える中身(実質)が目減りした、というイメージです。
暮らしが少し苦しくなれば、人はたいてい、あちこちで買う量を少し控えます。コーヒーもその対象になり、買う量が減ります。この、値上げで実質的に貧しくなったことによって買う量が変わる動きを、所得効果(income effect)と呼びます。所得とは、使えるお金のことです。
ここで、実質的に使えるお金を実質所得(real income)と呼びます。値上げは、この実質所得をこっそり減らしているのです。
2つを分けて考える意味
ここまでで、値段が上がったときに量が減る理由が、性質のちがう2つに分かれることが見えてきました。整理すると、次のようになります。
- 代替効果:他の物と比べて割高になったから、割安な物へ乗り換える。原因は「値段の比率」。
- 所得効果:値上げで実質的に貧しくなったから、買う量を控える。原因は「使えるお金の目減り」。
ふだんの買い物では、この2つは混ざって同時に起きます。分けて感じることはありません。それでも経済学がわざわざ分けるのには、理由があります。
2つは原因がちがうため、働く向きがいつも同じとは限らないからです。ふつうの商品では、値上げのとき両方とも「買う量を減らす」方向に働きます。だから需要曲線は素直に右下がりになります。しかし後の章で、片方が逆を向く珍しい商品も登場します。そのとき、原因を分けておいた準備が効いてきます。
経済学ではこう使う
経済学のテキストでは、この2つの効果を、次のような形で使います。まず、値段の変化による買う量の全体の変化を、1本のまとまりとして扱います。そのうえで、その全体を、代替効果の分と所得効果の分に切り分けて考えます。
式で書くと、次のような言い方になります。全体の変化 = 代替効果 + 所得効果。日本語で読み下すと、「値段が変わって買う量が動いた総量は、割高を避ける分と、貧しくなった分の、2つの足し算で説明できる」という意味です。
この切り分けが役に立つ場面は、主に3つあります。
- ふつうの商品で需要曲線が右下がりになる理由を、きちんと言葉で説明するとき。両方の効果が同じ向きだから、と言えます。
- 値上げが人々の暮らしに与える影響を測るとき。所得効果は、実質的にどれだけ貧しくなったかを表すからです。
- 例外的な商品を扱うとき。所得効果が代替効果を打ち消すほど強い、という形で例外を説明できます。
今の段階では、式を解けるようになる必要はありません。「1本の値動きの反応を、性質のちがう2つに分けて眺める道具なのだ」と分かっていれば十分です。
※ この説明が成り立つ前提
ここまでの説明は、話を分かりやすくするために次のような単純化をしています。細かい条件なので、はじめのうちは読み飛ばしても構いません。
- 「値下がりすると買う量が増える」は、所得や好みなど価格以外の条件を一定とした場合の話です。
- 所得効果の向きは、その財が上級財か下級財かで変わります。下級財で所得効果が代替効果を上回る特別な場合(ギッフェン財)には、右下がりにならないこともあります。
○×で確認
ここまでの内容を、○×で確かめます。5問すべてに答えてから、次の解説へ進んでください。
問1 代替効果とは、割高になった物を避けて、割安な物に乗り換える動きのことである。
問2 所得効果は、給料そのものが変わったときにだけ起きる。
問3 代替効果の原因は、商品どうしの値段のくらべ(どちらが割高か)が変わったことである。
問4 買い物では、まず代替効果が起き、そのあとで所得効果が起きるという順番がある。
問5 ふつうの商品では、値上がりのとき代替効果と所得効果の両方が、買う量を減らす方向に働く。
○×の解説
問1 代替効果とは、割高になった物を避けて、割安な物に乗り換える動きのことである。
答え:○
代替とは「他の物で置きかえる」という意味です。合言葉にすると「割高だから避ける」で、原因は値段の比率が変わったことだけにあります。
問2 所得効果は、給料そのものが変わったときにだけ起きる。
答え:×
ここでの所得効果は、給料が変わったわけではありません。値段が変わったせいで、同じ給料でも買える量が変わる、という話です。
問3 代替効果の原因は、商品どうしの値段のくらべ(どちらが割高か)が変わったことである。
答え:○
そのとおりです。この記事の例ではコーヒー自身の値上がりでしたが、ポイントはコーヒーと他の飲み物の「値段のくらべ」が変わったこと。割高になったものから、割安なものへ乗りかえる――これが代替効果です。
問4 買い物では、まず代替効果が起き、そのあとで所得効果が起きるという順番がある。
答え:×
先に代替、後で所得、という順番はありません。現実には同時に混ざって起きており、分けるのはあくまで頭の中で理解するためです。
問5 ふつうの商品では、値上がりのとき代替効果と所得効果の両方が、買う量を減らす方向に働く。
答え:○
両方が同じ向きに働くので、需要曲線は素直に右下がりになります。ただし、まれに所得効果が逆向きかつ強く働き、右下がりが崩れる商品もあります。
次に読む:S2-02「消費者余剰が面積になる理由」
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