Q.相手より先に動けるとき、何が変わるのですか。
一言でいうと:先に動く側は、あとから動く相手がどう反応するかを読んだうえで選べます。だから、同時に決めるときとは違う結果になることがあります。読み方は「うしろから先に決める」。いちばん最後に動く人の答えを先に確定させ、それを見越して前の人が選ぶ、と逆順にたどります。
まず、どこでつまずくのか
ナッシュ均衡までは分かった、という段階でつまずきやすいのが「先に動く/あとから動く」が入ってくる場面です。つまずきどころは、だいたい次の3つに分かれます。
- 「先に動くほうが有利」と丸暗記してしまう。実際には不利になることもあります。
- 利得表(マス目の表)をそのまま使おうとしてしまう。順番があるゲームは、表だけでは足りません。
- 「うしろから解く」と言われても、なぜ後ろからなのかが腑に落ちない。
3つ目が本丸です。ここが通ると、あとは作業になります。
身近な例で考える
ケーキを2人で分ける場面を思い浮かべます。ルールはこうです。Aさんが好きな位置で切り、そのあとBさんが好きなほうを取る。
Aさんの立場で考えます。もし大小に差をつけて切ったら、どうなるでしょうか。あとから選ぶBさんは、当然、大きいほうを取ります。Aさんに残るのは小さいほうです。
ではAさんはどう切るか。Bさんが大きいほうを取ると分かっているから、はじめから半分に切ります。そうすれば、どちらを取られても損をしません。
ここで起きたことを、順番に見ておきます。
- 先に動くAさんは、あとで動くBさんの反応を、あらかじめ読んでいます。
- 読むためには、Bさんの答えを先に確定させておく必要があります。
- だから、考える順番は実際の手番とは逆になります。
「うしろから解く」というのは、この読み方のことです。
図で見る:枝分かれで描く
順番のあるゲームは、表ではなく枝分かれの図で描きます。上から下へ、時間が流れていくと考えます。
ある町の住民Aさんと、町の役所を例にします。Aさんは「安いが災害の危険がある地域に住む」か「安全な地域に住む」かを選びます。そのあと役所が、被災した人を「支援する」か「しない」かを選びます。
数字は、その枝を進んだときに2人が受け取る満足度だと思ってください。左が役所、右が住民Aさんです。
ここからいちばん下の分かれ道、つまり役所の選択から先に決めていきます。
- 住民Aさんが危険地域を選んだあと。役所は、支援すれば1、しなければ0。だから支援します。
- 住民Aさんが安全地域を選んだあと。役所は、どちらでも5。どちらでもかまいません。
役所の答えが決まったので、住民Aさんの番に戻ります。Aさんから見ると、こうなっています。
- 危険地域を選べば → 役所は支援してくれる → 自分は4。
- 安全地域を選べば → 自分は3。
4のほうが大きいので、Aさんは危険地域を選びます。これがこのゲームの答えです。
経済学の言葉に翻訳する
ここまでで使った道具に、名前を付けていきます。
枝分かれの図そのものをゲームの木(game tree)、この形で表したゲームを展開形ゲーム(extensive form game)といいます。表で表した同時手番のものは、これに対して標準形と呼ばれます。
いちばん下の分かれ道から順に、逆向きに答えを埋めていく解き方を後ろ向き帰納法(backward induction/バックワード・インダクション)といいます。「うしろから先に決める」を、そのまま名前にしたものです。
そうやって出てきた答えを部分ゲーム完全均衡(subgame perfect equilibrium)といいます。長い名前ですが、意味は素直です。ゲームの木の途中から始まる小さなゲーム(部分ゲーム)を切り出したとき、そのどれを取っても、それぞれの中で最適になっている。だから「部分ゲームまで完全に」最適、という言い方をします。
なぜわざわざこの条件を付けるのか。ナッシュ均衡だけだと、実際には起こらない場面での「ありえない脅し」が残ってしまうからです。次の節で見ます。
順番が変わると、結果が変わる
さきほどは住民Aさんが先でした。今度は役所が先に方針を決めて、公表するとしてみます。「災害が起きたら支援します」あるいは「支援しません」と、先に宣言してしまう形です。
同じように、うしろから決めます。今度はうしろが住民Aさんです。
- 役所が支援すると宣言したら → Aさんは危険地域で4、安全地域で3 → 危険地域を選びます。このとき役所の利得は1。
- 役所が支援しないと宣言したら → Aさんは危険地域で0、安全地域で3 → 安全地域を選びます。このとき役所の利得は5。
役所は1と5を見比べて、「支援しない」と先に宣言します。結果、住民Aさんは安全地域に住みます。
同じ数字、同じ選択肢なのに、順番を入れ替えただけで結果が変わりました。役所にとっては、あとから動くより先に宣言したほうが良い結果になっています。
この「先に決めて動かないと約束することで、相手の出方を変える」ことをコミットメント(commitment)といいます。ここで効いているのは力の強さではなく、約束を先に固定したことです。
企業どうしの数量競争でも同じことが起きます。先に生産量を決めた企業が有利になる形は、S2-27「クールノー均衡を反応関数で追いかける(+先に動く場合)」で扱っています。
注意したいのは、先手が必ず有利なわけではないという点です。この例では役所が先手で得をしましたが、宣言を守らないと分かっていれば効果はありません。「実際にそのとおり行動する」ことまで含めて、はじめて意味を持ちます。
経済学ではこう使う
順番のあるゲームを解くときは、次の手順をそのままなぞります。答案を書くときの骨組みにもなります。
- ゲームの木を描く(誰が先か、選択肢は何か、末端の利得はいくつか)
- いちばん下から、各分かれ道での最適な選択に印を付ける
- 印をたどって上まで戻り、経路と結果を書く
- 同点で選べない分かれ道があれば、均衡が複数になるので、それも書く
4つめは落としやすいところです。さきほどの図でも、住民Aさんが安全地域を選んだあとの役所は、支援してもしなくても5で同点でした。この場合、答えは1つに決まりません。「均衡をすべて挙げよ」と言われたら、この同点の枝を見落としていないか確かめます。
テキストは同時手番(利得表とナッシュ均衡)を中心に組み立ててあります。第4章4-5と合わせて読むと、「表で解く場合」と「木で解く場合」の使い分けがはっきりします。
よくある間違い
- 利得表のまま解こうとする。順番があるゲームは、表にすると「誰が先か」の情報が消えます。木に描き直します。
- 先手が必ず有利だと思ってしまう。有利になるかどうかは利得の数字しだいです。先に動いたせいで不利になる形もあります。
- 前から解いてしまう。先手の判断は「後手がどう出るか」に依存しているので、後手を決めないと先手は決められません。順序は必ず逆からです。
- 同点の枝を無視する。後手がどちらでもよい分かれ道があると、均衡は複数になります。1つ書いて終わりにしません。
- コミットメントを「強い立場」と混同する。効いているのは、先に決めて実際にそのとおり行動するという点だけです。
まとめ
- 順番のあるゲームは、表ではなくゲームの木で描きます。
- 解き方はうしろから先に決める(後ろ向き帰納法)。後手の答えを確定させてから、先手に戻ります。
- そうして出た答えを部分ゲーム完全均衡といいます。途中のどの場面を切り出しても最適になっている、という意味です。
- 順番が変わると結果が変わります。先に決めて動かないことで相手の出方を変えるのがコミットメントです。
