Q.貿易黒字が「貯蓄しすぎ」の裏返しだというのは、どういう意味ですか。
A.国全体で見ると、稼いだお金のうち国内の消費や投資で使い切れなかった分は、外国へのモノやお金の流れとして外に出ます。この「使い切れなかった分」が貯蓄と投資の差であり、それがそのまま純輸出(輸出から輸入を引いた額)に等しくなります。だから貿易黒字は、国内で貯蓄が投資を上回っている状態、つまり「貯蓄しすぎ」と同じことを別の角度から見た姿だといえます。良い悪いを表す言葉ではなく、お金の流れの帳尻を示す関係です。
まず、どこでつまずくのか
「貿易黒字」という言葉には、良い響きがあります。輸出が輸入より多く、国が稼いでいる合図に見えます。
一方で「貯蓄しすぎ」という言葉には、どこか否定的な響きがあります。お金を使わず、ため込みすぎているイメージです。
ところが経済学では、この二つが同じことの裏表だと説明します。ここが最初のつまずきどころです。
「もうけている証拠」と「使い切れていない状態」。正反対に見える二つが、なぜ結びつくのでしょうか。
結論を先に言うと、これは損得の話ではありません。国全体のお金の流れの帳尻が、必ずそろうという話です。この記事では、その帳尻を家計から順に組み立てていきます。
身近な例で考える
まず、一つの家庭を思い浮かべます。ある月の手取りが30万円だったとします。
この家庭は、食費や家賃などの生活費に25万円を使いました。手元に残ったのは5万円です。
この残った5万円が、この家庭の貯蓄にあたります。稼いだお金のうち、使わずに残した分のことです。
さて、この5万円はどこへ行くでしょうか。タンスにしまっておくこともできます。ですが多くの場合、銀行に預けます。
銀行に預けられたお金は、そこで眠っているわけではありません。銀行は、そのお金をお金を必要としている別の人に貸し出します。
たとえば、新しく店を開きたい人がいます。その人は銀行からお金を借りて、機械や設備を買います。
ここで大事な見方が出てきます。ある人が使わずに残したお金は、別の誰かが使っている、ということです。
残したお金は消えません。必ずどこかへ流れて、誰かの手で使われます。この「行き先」を追うことが、今回の話の中心になります。
先に断っておきます。銀行の話は、あくまで「残したお金には行き先がある」というイメージをつかむための例です。あとで出てくる S−I=NX という関係そのものは、「預金が銀行を通って輸出になる」という因果ではなく、国全体の集計をすると必ずそろう帳尻の話です。ここは読み進めながら、もう一度確認します。
「貯蓄」と「投資」は何が違うのか
ここで、二つの言葉を整理します。貯蓄(saving)と投資(investment)です。日常語では似た意味で使いがちですが、経済学では役割が違います。
貯蓄は、すでに見たとおり「稼ぎのうち使わずに残した分」です。お金を出す側だと考えてください。
投資は、お金を借りて機械や設備、建物などを新しくつくること、買うことです。お金を使う側にあたります。
先ほどの例で言えば、5万円を残した家庭が「貯蓄する側」です。そのお金を借りて店の設備を買う人が「投資する側」です。
ここで注意が必要です。経済学の投資とは、株を買うことではありません。株を買うのは、お金の持ち主が入れ替わるだけの取引です。
経済学でいう投資は、この世に新しくモノ(設備や建物)が生まれることを指します。工場が一つ建てば、それが投資です。
まとめると、こうなります。
- 貯蓄は、お金を残して差し出す動き。
- 投資は、そのお金を使って新しい設備をつくる動き。
この二つは、いつも同じ大きさになるとは限りません。差が出ることがあります。その差こそが、今回のかなめです。
国全体で見ると、差が出てくる
ここまでは一つの国の中だけの話でした。貯蓄する人と投資する人が、国内でちょうど釣り合う場合を考えてきました。
ですが、いつも釣り合うとは限りません。国全体で残したお金が、国内の投資に使われる分より多くなることがあります。
たとえば、国全体で100の貯蓄が生まれたとします。ところが国内で新しい設備をつくる投資は、80しかなかったとします。
すると、20が余ります。この20は、国内では使い切れなかったお金です。
先ほどの原則を思い出します。残したお金は必ずどこかへ流れる、というものでした。国内で行き先がないなら、行き先は一つしかありません。
それは国の外です。使い切れなかった20は、外国へ貸し出されたり、外国に投資されたりして、国境を越えて流れ出ます。
そして、お金が外へ流れ出るということは、その裏側で必ずモノの流れが起きています。次の節で、その裏側を見ていきます。
経済学ではこう使う ― 貯蓄と投資の差が純輸出
お金が国の外へ流れるとき、その裏では何が起きているのでしょうか。ここで純輸出(net exports)が登場します。
純輸出とは、輸出から輸入を引いた額のことです。外国に売った分から、外国から買った分を引いた、差し引きの数字です。
この純輸出がプラスの状態を、貿易黒字と呼びます。売った分のほうが、買った分より多い状態です。
なぜ、余ったお金が外へ出ることと、貿易黒字がつながるのでしょうか。順を追います。
国内で使い切れないお金があるということは、その国はモノを国内で買い切れていないということです。つくったモノが国内で余ります。
余ったモノは、外国に売られます。これが輸出です。こうして、外国に売る分が、外国から買う分を上回ります。
その結果として、純輸出はプラスになります。お金が外へ流れ出る動きと、モノが外へ売られる動きは、同じことの表と裏なのです。
この関係を、経済学では次のように書きます。
S − I = NX
読み下すと、「貯蓄(S)から投資(I)を引いた差が、純輸出(NX)に等しい」となります。国内で残ったお金の余り分が、そのまま貿易黒字の大きさになる、という意味です。
この関係を、頭文字をとってISバランス(IS balance)と呼びます。IはInvestment(投資)、SはSaving(貯蓄)の頭文字です。ここでいう貯蓄Sは、家計だけでなく企業や政府も含めた国全体の貯蓄を指します。
先ほどの数字で確かめます。貯蓄が100、投資が80でした。差は20です。よって純輸出も20、つまり貿易黒字が20になります。ぴったり一致します。
だから「貿易黒字=貯蓄しすぎ」になる
ここまで来ると、最初のつまずきがほどけます。もう一度、式を見ます。
S − I = NX。貯蓄が投資を上回ると、左側がプラスになります。すると右側の純輸出も、必ずプラスになります。
貯蓄が投資を上回るとは、言いかえれば国内で貯蓄を使い切れていない状態です。これを日常語で「貯蓄しすぎ」と表現しているのです。
そしてその同じ状態が、右側では「貿易黒字」として現れます。だから、この二つは同じことの裏表になります。
ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。「貯蓄しすぎ」という言葉に、良い悪いの意味はありません。
ただ、国内で使い切れなかった分があった、という事実を述べているだけです。式は帳尻を示すもので、評価を下すものではありません。
逆の場合も同じ理屈です。投資が貯蓄を上回れば、左側はマイナスになります。すると純輸出もマイナス、つまり貿易赤字になります。
この場合は、国内で足りないお金を外国から借りて、その分だけ外国から多くモノを買っている、という姿になります。
※ この説明が成り立つ前提
ここまでの説明は、話を分かりやすくするために次のような単純化をしています。細かい条件なので、はじめのうちは読み飛ばしても構いません。
- S−I=NX は、Y=C+I+G+NX を並べ替えただけの恒等式です。「貯蓄が銀行を通って輸出になる」という因果の話ではありません。
- ここでの貯蓄Sは、家計だけでなく企業と政府も含めた国全体の貯蓄です。
- 純輸出NXと経常収支は厳密には同じではありません(経常収支には海外から受け取る利子・配当なども入ります)。ここでは単純化して同じものとして扱っています。
○×で確認
ここまでの内容を、○×で確かめます。5問すべてに答えてから、次の解説へ進んでください。
問1 S − I = NX は、貯蓄から投資を引いた差が純輸出に等しいことを表している。
問2 国全体の貯蓄が100、国内の投資が80のとき、純輸出は20になる。
問3 貿易黒字は、その国の経済が優れていることを示すしるしである。
問4 経済学でいう投資とは、株を買うことである。
問5 貯蓄を減らせば、貿易黒字だけを切り離して直接消すことができる。
○×の解説
問1 S − I = NX は、貯蓄から投資を引いた差が純輸出に等しいことを表している。
答え:○
国内で残ったお金の余り分が、そのまま貿易黒字の大きさになる、という関係です。これを頭文字をとってISバランスと呼びます。
問2 国全体の貯蓄が100、国内の投資が80のとき、純輸出は20になる。
答え:○
国内で使い切れなかった20が国の外へ流れ、その裏側でモノが外国に売られます。だから S − I = NX の関係どおり、純輸出も20になります。
問3 貿易黒字は、その国の経済が優れていることを示すしるしである。
答え:×
式はあくまで帳尻を示すものです。黒字は「貯蓄が投資を上回った」という状態を表すだけで、良し悪しを決めるものではありません。
問4 経済学でいう投資とは、株を買うことである。
答え:×
株を買うのは、お金の持ち主が入れ替わるだけの取引です。経済学でいう投資は、新しくモノ(設備や建物)が生まれることを指します。
問5 貯蓄を減らせば、貿易黒字だけを切り離して直接消すことができる。
答え:×
式の左右はいつも同時に動きます。貯蓄が変われば投資や純輸出も影響を受けるので、片方だけを切り離して動かすことはできません。
次に読む:S3-06「ケインズ型消費関数」
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