Q.物価が下がると、なぜ所得(総需要)が増えるのですか。
A.物価が下がると、財布の中の同じ金額でより多く買えます。世の中に出回るお金の「実質的な量」が増えた状態です。すると銀行にお金が余りやすくなり、お金を借りるときの利子率が下がります。利子率が下がると、企業は設備投資をしやすくなり、住宅なども買われやすくなります。その結果、経済全体で生産され売れる量(所得)が増えます。IS-LMの図では、物価の下落はLM曲線を右へずらし、交点が右へ動いて所得が大きくなります。この「物価が低いほど所得が大きい」という関係を、横軸に所得・縦軸に物価をとって描き直したものがAD曲線であり、だから右下がりになります。
まず、どこでつまずくのか
総需要曲線(AD曲線、AD=aggregate demand)は、多くの初学者が急に難しく感じる場所です。
つまずきの正体は、はっきりしています。
- 今までのIS-LMは、物価を「変わらないもの」として横に置いていました。
- ところがAD曲線では、その物価そのものを動かします。
- 「動かないと決めていたもの」を急に動かすので、混乱します。
もう一つの壁があります。IS-LMの図は縦軸が利子率でした。ところがAD曲線の図は縦軸が物価です。
同じ「経済全体の話」なのに、軸が入れ替わります。これで頭がこんがらがります。
この記事では、その2つの壁を一段ずつ低くしていきます。結論を先に言えば、AD曲線は右下がりの線です。なぜそうなるのかを、言葉だけで最後まで追いかけます。
身近な例で考える
まず、財布の中の千円札を思い浮かべます。
同じ千円でも、買える量は世の中の値段しだいで変わります。
- おにぎりが1個100円のとき、千円で10個買えます。
- おにぎりが1個200円に値上がりすると、千円では5個しか買えません。
- 逆に1個50円に値下がりすれば、千円で20個も買えます。
お札の枚数は同じでも、値段が下がると「実際に買える力」は増えます。
この「実際に買える力」がふくらんだり、しぼんだりする感覚が、この記事の一番の土台です。
物価が下がると、手元のお金の実際の値打ちは大きくなる。まずはこの一点だけ、しっかり握っておきます。
ここでいう物価とは、世の中全体の値段の平均のことです。おにぎりだけでなく、あらゆる物の値段をまとめて眺めた水準だと考えてください。
物価が下がると、世の中のお金は実質的に増える
次に、話を財布から社会全体へ広げます。
世の中に出回っているお金の量は、すぐには変わりません。中央銀行が刷る量で決まり、物価とは別に決まっています。
ここで、先ほどの「買える力」の話を思い出します。
- お金の量(お札の枚数)は同じままです。
- 物価だけが下がります。
- すると、同じ量のお金で買える物の量は増えます。
この「物価で割り引いて考えた、本当に使えるお金の量」を実質貨幣量(じっしつかへいりょう)と呼びます。実質=real、貨幣=money です。
言い換えます。世の中のお金の枚数は同じでも、物価が下がると実質貨幣量は増えます。式で書けば「実質貨幣量=お金の量 ÷ 物価」です。読み下すと「使えるお金の本当の大きさは、お金の量を物価で割ったもの」となります。
物価Pが小さくなるほど、割った答えは大きくなります。だから物価が下がると実質貨幣量が増えるのです。
実質貨幣量が増えると、LM曲線が右へ動く
ここでIS-LMの図に戻ります。横軸は国民所得Y、縦軸は利子率iでした。
LM曲線は、お金の世界(貸し借り)のつり合いを表す線です。右上がりでした。
実質貨幣量が増えると、世の中にお金が余りぎみになります。お金が余ると、借りるときの手数料である利子率は下がりやすくなります。
この「お金が増えた状態」を図の上で表すと、LM曲線が丸ごと右へずれます。
- 物価が下がる → 実質貨幣量が増える → LMが右へシフト。
- LMが右へ動くと、IS曲線との交点も右へ動きます。
- 交点が右へ動くと、横軸の国民所得Yは大きくなります。
つまり、物価が下がると所得が増えるのです。ここが今回の心臓部です。一本の流れとして、もう一度ゆっくり読みます。
物価が下がる。使えるお金が実質的に増える。LMが右に動く。交点が右に動く。所得が増える。この5段の階段を、順番に降りていくイメージです。
経済学ではこう使う——だからAD曲線は右下がり
ここまでで、大事な関係が1つ手に入りました。
物価が低いほど、国民所得(=経済全体が買う量、総需要)は大きい。
この関係を、新しい1枚の図に描き直します。今度は横軸に国民所得Y、縦軸に物価Pをとります。IS-LMとは縦軸が違う点に注意してください。
物価が高いときと低いときで、IS-LMから読み取った所得を並べてみます。
- 物価が高いP1のとき、実質貨幣量は小さく、所得は小さいY1。図では左寄りの点になります。
- 物価が低いP2のとき、実質貨幣量は大きく、所得は大きいY2。図では右寄りの点になります。
この2つの点を線で結ぶと、左上から右下へ向かう線になります。これがAD曲線(総需要曲線)です。
右下がりになる理由を、ひと息でまとめます。物価が下がるほど実質貨幣量が増え、LMが右に動き、所得が増える。だから「物価が低い=所得が大きい」となり、線は右下がりを描きます。
AD曲線の1本の線の背後には、物価ごとに描き直したIS-LMの交点がずらりと並んでいます。AD曲線は、その交点たちを結んだ「まとめの線」なのです。
※ この説明が成り立つ前提
ここまでの説明は、話を分かりやすくするために次のような単純化をしています。細かい条件なので、はじめのうちは読み飛ばしても構いません。
- 中央銀行が決めるお金の量(名目)は一定、という仮定を置いています。
- AD曲線上のYは「買いたい量」そのものではなく、財市場と貨幣市場が同時につり合う所得です。
- 線の上を動くことと、政策によって線そのものが動くことは別物です。
○×で確認
ここまでの内容を、○×で確かめます。5問すべてに答えてから、次の解説へ進んでください。
問1 物価が下がると実質貨幣量は増える。実質貨幣量は「お金の量 ÷ 物価」だからである。
問2 AD曲線が右下がりなのは、ふつうの需要曲線と同じで「高いと買い控える」からである。
問3 物価が下がると、LM曲線は左へずれる。
問4 AD曲線の図の縦軸は、IS-LMの図と同じく利子率である。
問5 物価が下がると実質貨幣量が増えてLMが右へ動き、IS曲線との交点が右へ動くので、国民所得は大きくなる。
○×の解説
問1 物価が下がると実質貨幣量は増える。実質貨幣量は「お金の量 ÷ 物価」だからである。
答え:○
お札の枚数が同じでも、物価Pが小さくなるほど割った答えは大きくなります。つまり使えるお金の本当の大きさが増えるということです。千円で買えるおにぎりの数が増えるイメージそのものです。
問2 AD曲線が右下がりなのは、ふつうの需要曲線と同じで「高いと買い控える」からである。
答え:×
見た目は似ていますが理由は別ものです。AD曲線の右下がりは、物価が下がる→実質貨幣量が増える→利子率が下がる→投資が増えて所得が増える、という流れから来ています。りんご1個の話とは中身が違います。
問3 物価が下がると、LM曲線は左へずれる。
答え:×
向きが逆です。物価が下がると実質貨幣量が増えてお金が余りぎみになるので、LM曲線は右へずれます。値下がりと右移動をセットで覚えると迷いにくくなります。
問4 AD曲線の図の縦軸は、IS-LMの図と同じく利子率である。
答え:×
IS-LMの縦軸は利子率ですが、AD曲線の縦軸は物価です。横軸はどちらも国民所得Yです。図が変わったら、まず軸のラベルを確認する習慣が助けになります。
問5 物価が下がると実質貨幣量が増えてLMが右へ動き、IS曲線との交点が右へ動くので、国民所得は大きくなる。
答え:○
この5段の流れが、この記事の心臓部です。物価が低いほど所得が大きいという関係が手に入ります。これを横軸に所得・縦軸に物価をとって描き直したものがAD曲線で、だから右下がりになります。
次に読む:S3-17「AS曲線の3類型」
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