Q.AS曲線はなぜ3種類もあるのですか。正しい形は1つではないのですか。
A.経済の状態によって、生産の「余力」が違うからです。不況で工場も人手も余っているときは、注文が増えても値段を上げずに生産を増やせます。この状態では線は水平(ケインズ派)になります。反対に、工場も人もフル稼働で余力がないときは、注文が増えてもこれ以上は作れません。増えるのは物価だけです。この状態では線は垂直(古典派)になります。その中間、余力が少しずつ減っていく途中の段階では、右上がりになります。つまり3種類は別々の理論というより、同じ経済の「余力の多い時期・中くらいの時期・限界の時期」を切り取ったものと考えると、すっきり理解できます。
まず、どこでつまずくのか
総供給曲線(そうきょうきゅうきょくせん、AS曲線=aggregate supply curve)を学ぶと、多くの人が同じところで止まります。「なぜ形が3つもあるのか」という点です。
需要の話に出てくる線は、たいてい1つの形でした。ところが供給の線になると、水平・右上がり・垂直と、3つの形が出てきます。
ここで「3つの違う理論を、別々に暗記しないといけないのか」と感じてしまいます。これがつまずきの正体です。
結論を先に言います。3つは別々の理論というより、同じ経済の「時期の違い」を切り取ったものです。この見方に立つと、急に見通しがよくなります。
そのカギになるのが「工場の余力」という一言です。これから、その中身を身近な例でほどいていきます。
身近な例で考える(ケーキ屋さんの厨房)
小さなケーキ屋さんを思いうかべてください。オーブンが1台、職人さんが1人います。
場面その1:ひまな時期。 注文が少なく、オーブンも職人さんも半分くらいしか動いていません。ここで「明日ケーキを10個追加で」と頼まれたら、どうなるでしょうか。
余っている時間で焼けます。値段を上げる必要はありません。作る量だけが増えます。値段は据え置きです。
場面その2:だんだん忙しくなってきた時期。 オーブンも職人さんも、かなり埋まってきました。ここで追加注文が来ると、少し無理が出ます。
残業をお願いしたり、急いで材料を高く仕入れたりします。作る量は増やせますが、コストがかさみ、少し値上げすることになります。
場面その3:もう限界の時期。 オーブンは24時間フル稼働、職人さんもへとへとです。ここでさらに注文が来ても、物理的にもう焼けません。
できるのは「値段を上げて、注文の数を落ち着かせる」ことだけです。作る量は増えず、値段だけが上がります。
この3つの場面が、そのまま3種類のAS曲線に対応します。
3つの形を一本ずつ言葉で追う
ここで、経済全体に話を広げます。横軸は国民所得Y(その国が1年で作り出したモノやサービスの総量)、縦軸は物価P(世の中全体の値段の高さ)です。
その1:水平の線(ケインズ派の考え方)。 ケーキ屋の「ひまな時期」にあたります。工場も人手も余っています。だから注文(需要)が増えても、物価を上げずに生産だけを増やせます。
物価Pは動かず、国民所得Yだけが右に伸びる。だから線は横に平ら、つまり水平になります。不況のときの経済を説明する形です。
その2:右上がりの線(中間の考え方)。 ケーキ屋の「忙しくなってきた時期」にあたります。余力が少しずつ減ってきました。
生産をもっと増やそうとすると、残業代や材料費がかさみます。だからYが増えると物価Pも少しずつ上がる。線は右へ行くほど上へ、つまり右上がりになります。
その3:垂直の線(古典派の考え方)。 ケーキ屋の「もう限界の時期」にあたります。工場も人もフル稼働で、余力はゼロです。
この状態を経済学では完全雇用(かんぜんこよう)と呼びます。働きたい人がほぼ全員働いていて、これ以上は生産を増やせない状態です。
ここで需要が増えても、モノは増えません。増えるのは物価Pだけ。だからYは一定のまま、線は真上へ、つまり垂直になります。
なぜ形が変わるのか(余力という一本の軸)
3つの形を、もう一度ひとつの言葉でつなぎます。それは「生産の余力がどれだけ残っているか」です。
余力がたっぷりあるとき(不況)は、需要が増えても物価は動かず量だけ増える。だから水平です。
余力が減っていく途中では、需要が増えると量も物価も両方上がる。だから右上がりです。
余力がゼロのとき(完全雇用)は、需要が増えても量は増えず物価だけ上がる。だから垂直です。
つまり、水平・右上がり・垂直は、左から右へと1本につながっています。全体として見ると、左が平らで、真ん中で立ち上がり、右で垂直に切り立つ形になります。アルファベットのJを寝かせたような形、と覚える人もいます。
3つを別々に暗記するのではなく、1本の線の「左・中・右」だと思ってください。これが今回いちばん大事な理解です。
ただし、ここで大事な断りがあります。この「1本につながる」という描き方は、ケインズ型の総供給曲線と呼ばれる考え方です。別の教科書では、水平・右上がり・垂直を1本の線の一部とは考えず、短期は右上がり・長期は垂直の、別々の線として描きます。どちらが正しいというより、置いている仮定(価格や賃金がどれだけ動くか)が違うだけです。まずは本記事の「余力」の見方で全体像をつかみ、そのうえで「別の描き方もある」と覚えておけば十分です。
経済学ではこう使う
このAS曲線は、需要の側の線(総需要曲線、AD曲線=aggregate demand curve)と組み合わせて使います。2本の線の交わる点で、その国の物価と生産量が決まる、という考え方です。
ここで、AS曲線のどの部分で交わっているかが効いてきます。
水平部分で交わっているとき(不況)。 政府や中央銀行が需要を増やす政策をとると、物価はほとんど上がらず、生産と雇用がぐっと増えます。景気対策が効きやすい場面です。
垂直部分で交わっているとき(好況・完全雇用)。 同じように需要を増やしても、生産はもう増えません。上がるのは物価だけです。つまりインフレ(物価の上昇)になりやすい場面です。
同じ「需要を増やす政策」でも、経済がどの状態にあるかで、結果がまるで変わります。AS曲線に3つの形がある、という話は、この使い分けのためにあります。
だから「今は水平部分か、垂直部分か」を意識すると、政策の効果を落ち着いて判断できます。
※ この説明が成り立つ前提
ここまでの説明は、話を分かりやすくするために次のような単純化をしています。細かい条件なので、はじめのうちは読み飛ばしても構いません。
- 本文の「1本につながる3領域」はケインズ型の描き方です。短期AS(右上がり)と長期AS(垂直)を別々の線として描く整理もあり、その場合の水平は極端なケインズ型にあたります。どちらも、価格や賃金がどれだけ動くかについて置いた仮定の違いです。
- 垂直は「1個も増やせない」という意味ではなく、長い目で見れば生産量が本来の水準に戻る、という意味です。
- 完全雇用でも、転職中の人など一定の失業は残ります。
○×で確認
ここまでの内容を、○×で確かめます。5問すべてに答えてから、次の解説へ進んでください。
問1 AS曲線が水平になるのは、工場も人手も余っている不況のときである。
問2 AS曲線の3つの形は対立する理論なので、どれか1つだけが正しい。
問3 垂直のAS曲線は、経済が止まってしまった不調な状態を表している。
問4 AS曲線の縦軸のPは、ケーキ1個のような特定の商品の値段を指している。
問5 AS曲線の垂直部分で交わっているとき、需要を増やす政策をとっても生産は増えず、物価だけが上がる。
○×の解説
問1 AS曲線が水平になるのは、工場も人手も余っている不況のときである。
答え:○
そのとおりです。余力がたっぷりあるので、需要が増えても物価を上げずに生産だけを増やせます。だから物価Pは動かず、国民所得Yだけが右に伸びます。
問2 AS曲線の3つの形は対立する理論なので、どれか1つだけが正しい。
答え:×
3つは同じ1本の線の別々の区間だと考えます。左が平らで、真ん中で立ち上がり、右で垂直に切り立つ形です。経済の状態しだいで、どの区間にいるかが変わるだけです。
問3 垂直のAS曲線は、経済が止まってしまった不調な状態を表している。
答え:×
逆です。垂直は工場も人もフル稼働で余力がない、好調な状態を表します。止まっているのではなく、これ以上増やせない上限(完全雇用)に達しているという意味です。
問4 AS曲線の縦軸のPは、ケーキ1個のような特定の商品の値段を指している。
答え:×
縦軸のPは、世の中全体の値段の平均的な高さ、つまり物価水準です。特定の商品の値段ではありません。
問5 AS曲線の垂直部分で交わっているとき、需要を増やす政策をとっても生産は増えず、物価だけが上がる。
答え:○
そのとおりです。余力がゼロなので、増えるのは物価だけになり、インフレになりやすい場面です。同じ政策でも、水平部分で交わっていれば生産と雇用がぐっと増えます。
次に読む:S3-18「貨幣の中立性」
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