Q.限界消費性向cが大きいほど、乗数はなぜ大きくなるのですか。
A.cは、受け取ったお金のうち「次に使う割合」です。cが大きいほど、多くのお金が次の人へ流れます。すると波及がなかなか小さくならず、合計が積み上がります。逆にcが小さいと、早く波及が止まり、合計も小さくなります。だから式 1/(1-c) は、cが大きいほど大きな値になります。
まず、どこでつまずくのか
乗数(じょうすう、multiplier)という言葉を初めて見ると、多くの人が同じところで止まります。「政府が1兆円使ったのに、なぜ経済への効果が1兆円で終わらないのか」という点です。
ふつうに考えると、1兆円使えば効果も1兆円のはずです。ところが経済学では「2兆円」「5兆円」といった、もっと大きな数字が出てきます。ここで頭が混乱します。
さらに、1/(1-c) という式がいきなり登場します。この式が「割り算の形」をしているせいで、なぜ何倍もの効果につながるのかが、直感とつながりにくいのです。
この記事では、式を丸暗記せずに済むように、まず「お金が波のように広がっていく様子」を頭の中に作ります。式はその後で、答え合わせのように見ていきます。
身近な例で考える — お金は消えずに次の人へ
ここで、一枚の1万円札を思い浮かべてみます。ある人がその1万円で、近所のパン屋さんでパンを買ったとします。
この1万円は、支払った瞬間に消えてなくなるわけではありません。パン屋さんの売上、つまり所得になります。お金は使われても、別の誰かの手元に移るだけなのです。
そしてパン屋さんも、受け取った1万円をすべて金庫にしまうとは限りません。その一部を使って、たとえば材料の小麦粉を買うかもしれません。すると今度は、小麦を売った人の所得になります。
このように、1つの支払いは「終わり」ではなく「次の所得の始まり」です。お金は人から人へと渡り歩きます。これが乗数を理解する土台になります。
- 誰かが使ったお金は、別の誰かの所得になる
- その所得を受け取った人も、また一部を使う
- 使われたお金は、さらに次の人の所得になる
「使う割合」を決めるのが限界消費性向c
ここで一つだけ、大事な数を用意します。それは「受け取ったお金のうち、どれくらいを次に使うか」という割合です。
たとえば1万円もらったとき、そのうち8千円を使い、2千円を貯金する人がいたとします。この人の「使う割合」は0.8です。
この割合を、経済学では限界消費性向(げんかいしょうひせいこう、marginal propensity to consume)と呼び、記号 c で表します。読み下すと「新しく増えた所得のうち、消費に回す割合」という意味です。
cは0から1のあいだの数です。c=0.8なら、増えた所得の8割を使い、2割を貯めるということです。この「使う割合」が、波及の勢いを決めます。
波及を追いかけてみる
それでは、政府が新しく1兆円を使う場面を考えます。使う割合cは0.8としておきます。お金がどう広がるかを、順番に追いかけます。
- 1回目:政府が1兆円を使う。これが誰かの所得になる → 1兆円
- 2回目:その人が8割を使う(1兆円 × 0.8)→ 0.8兆円が次の人の所得に
- 3回目:その人がまた8割を使う(0.8兆円 × 0.8)→ 0.64兆円が次の所得に
- 4回目:さらに8割(0.64兆円 × 0.8)→ 0.512兆円が次の所得に
ここで気づくことがあります。波は回を追うごとに、だんだん小さくなっています。1兆円、0.8兆円、0.64兆円、0.512兆円…と、少しずつ細くなっていきます。
理由は単純です。毎回、受け取ったお金の一部(この例では2割)が貯金に回り、波及から抜けていくからです。抜けていく分があるので、波はいつまでも同じ大きさでは続きません。
小さくなる波を全部足すと、なぜ止まるのか
波が回ごとに小さくなる、という点がとても大切です。もし波がずっと同じ大きさなら、足し算は無限に増えて、合計が決まりません。
しかし実際は、1兆 → 0.8兆 → 0.64兆…と縮んでいきます。縮み方が一定なので、どんなに足し続けても、合計はある決まった数に近づいて、そこで落ち着きます。
イメージとしては、水たまりに石を投げたときの波紋に似ています。波紋は広がりながら、少しずつ弱くなり、やがて消えます。合計の「広がった面積」は、無限には大きくなりません。
この「縮んでいく波を全部足した合計」こそが、経済全体で生まれた効果の大きさです。そしてこの合計が、最初の1兆円の何倍になるかを表すのが、乗数なのです。
経済学ではこう使う — 式 1/(1-c) の読み方
ここまでの波を全部足すと、答えは最初の金額のちょうど 1/(1-c) 倍になります。この式は「1割る、1引くc」と読み下します。
先ほどの例で確かめます。c=0.8なので、1-c は 0.2 です。すると 1÷0.2=5 となります。つまり最初の1兆円が、経済全体では5兆円ぶんの効果になる、という計算です。
実際に波を足しても、1兆+0.8兆+0.64兆+0.512兆…と続けていくと、合計はだんだん5兆円に近づきます。式と波及のイメージが、ちゃんと同じ答えになります。
この式の気持ちは、こう読むと分かりやすくなります。
- 1-c は「使わずに漏れていく割合」、つまり貯金に回る割合です
- 漏れる割合が小さいほど(cが1に近いほど)、波はなかなか消えません
- 波が長く続くぶん、合計は大きくなります。だから割り算の分母が小さいと、答えが大きくなるのです
この、最初の支出が何倍もの効果を生む仕組み全体を、経済学では乗数効果(じょうすうこうか、multiplier effect)と呼びます。景気対策として政府が支出を増やす議論の、土台になる考え方です。
※ この説明が成り立つ前提
ここまでの説明は、話を分かりやすくするために次のような単純化をしています。細かい条件なので、はじめのうちは読み飛ばしても構いません。
- 物価は動かず、工場や人手に余力がある状態を想定しています(作れば売れる)。
- 税や輸入がなく、利子率も動かない、という単純な世界での計算です。
- 現実には、税・輸入・物価や金利の上昇によって、乗数はこれより小さくなります。
○×で確認
ここまでの内容を、○×で確かめます。5問すべてに答えてから、次の解説へ進んでください。
問1 乗数は、限界消費性向cを使って 1÷c で計算する。
問2 限界消費性向cとは、新しく増えた所得のうち消費に回す割合のことである。
問3 c=0.8のとき乗数は5になり、政府の1兆円の支出は経済全体で5兆円ぶんの効果になる。
問4 波及は毎回同じ大きさで無限に続くので、合計の効果はいくらでも大きくなる。
問5 乗数効果とは、同じお金を二重に数えることで金額を大きく見せている計算上の見かけにすぎない。
○×の解説
問1 乗数は、限界消費性向cを使って 1÷c で計算する。
答え:×
乗数は 1÷c ではなく 1÷(1−c) です。分母は「使う割合c」ではなく「漏れる割合 1−c」で、ここを取り違えると答えが大きくずれます。
問2 限界消費性向cとは、新しく増えた所得のうち消費に回す割合のことである。
答え:○
1万円もらって8千円を使い2千円を貯金する人なら、c=0.8です。cは0から1のあいだの数で、この「使う割合」が波及の勢いを決めます。
問3 c=0.8のとき乗数は5になり、政府の1兆円の支出は経済全体で5兆円ぶんの効果になる。
答え:○
1−c は0.2なので、1÷0.2=5です。実際に1兆+0.8兆+0.64兆+0.512兆…と足していくと、合計は5兆円に近づきます。
問4 波及は毎回同じ大きさで無限に続くので、合計の効果はいくらでも大きくなる。
答え:×
毎回、受け取ったお金の一部が貯金に回って波及から漏れるので、波は必ず縮んでいきます。だからこそ合計は有限の数に落ち着きます。
問5 乗数効果とは、同じお金を二重に数えることで金額を大きく見せている計算上の見かけにすぎない。
答え:×
最初の支出が誰かの所得になり、その一部がまた誰かへの支出になる過程で、各段階で新しい生産と所得が生まれています。同じお金を二重に数えているわけではありません。
次に読む:S3-21「均衡予算乗数はなぜ1」
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