Q.税金と政府支出を同じ額だけ増やすと、差し引きゼロに見えます。なぜ効果は消えないのですか。
A.政府支出の1はまるごと需要になります。ところが増税の1は、家計が貯金を取り崩す分だけ、消費を1まるごとは減らしません。出ていく力のほうが引っこむ力より大きいので、差し引きで効果が残ります。計算すると、その残る効果はちょうど1になります。
まず、どこでつまずくのか
政府が使うお金を増やすと、景気がよくなります。これはイメージしやすい話です。
ところが、その分だけ税金も増やすとします。取った額と使った額が同じです。差し引きゼロに見えます。
だから「効果も消えてゼロになるはず」。多くの初学者はここでつまずきます。
でも、答えは違います。国民所得はちょうど増やした分だけ増えます。この不思議を、順を追って解いていきます。
身近な例で考える
身近な家計で考えます。ある月、手取りが1万円減ったとします。
このとき、使うお金を1万円まるまる減らすでしょうか。多くの場合、そうはしません。
少し貯金を取り崩して、消費の落ち込みを和らげます。たとえば消費は8千円だけ減らす、といった具合です。
つまり収入が減っても、消費はそこまでは減らないのです。この性質が、今回のカギになります。
政府支出の1と、税金の1は「重さ」が違う
ここで、政府が10万円多く使い、同時に税金も10万円多く取る場面を考えます。
政府支出の10万円は、まるごと誰かの売上や所得になります。10万円がそのまま需要になります。
一方、税金で取られた10万円は、家計の消費を10万円まるごとは減らしません。
さきほどの話の通り、家計は貯金でしのぎます。消費の減りは、たとえば8万円にとどまります。
つまり出ていく力(支出の増加)のほうが、引っこむ力(消費の減少)より大きいのです。
数字で追いかけてみる
数字で確かめます。消費の減り方を、収入が減った額の8割としてみます。
この「8割」は、収入が1増えたとき消費が0.8増える、という性質です。経済学では限界消費性向(marginal propensity to consume)と呼びます。
政府支出を10万円増やし、税金も10万円増やしたときの、最初の動きは次の通りです。
- 政府支出:需要がプラス10万円
- 増税による消費の減り:10万円の8割で、マイナス8万円
- 差し引きの最初の変化:10万円 − 8万円 = プラス2万円
まず、差し引きで2万円の需要が新しく生まれました。ゼロではありません。
この2万円は、そこで終わりません。受け取った人の所得になり、その8割がまた使われます。
2万円の8割は1万6千円。それがまた誰かの所得になり、さらに8割が使われます。
この波が続くと、合計は最初の2万円の5倍まで広がります。理由は次の節で説明します。
2万円の5倍で、ちょうど10万円です。増やした支出や税金と、同じ10万円になります。
経済学ではこう使う
経済学では、この波の広がりを乗数(じょうすう)という言葉で整理します。
政府支出を増やしたときの効果は、次の大きさになります。
1 ÷ (1 − 限界消費性向)。読み下すと「1から限界消費性向を引いた数で、1を割る」です。
限界消費性向が0.8なら、1 ÷ (1 − 0.8)= 5。政府支出1に対して、所得は5増えます。
増税のほうは、消費を通じて効くので、少し弱くなります。
効果は マイナス0.8 ÷ (1 − 0.8)= マイナス4。税金1に対して、所得は4減ります。
なぜ、ちょうど1になるのか
ふたつを足します。政府支出の効果プラス5と、増税の効果マイナス4です。
5 − 4 = 1。差し引きで、効果はちょうど1残ります。
式でまとめると、こうなります。ここで c は限界消費性向とします。
プラス側は 1 ÷ (1 − c)、マイナス側は c ÷ (1 − c)です。
ふたつの差は (1 − c) ÷ (1 − c)。同じ数どうしの割り算なので、答えは1です。
限界消費性向 c が0.8でも0.6でも、答えは必ず1になります。
ちなみに「均衡予算」とは、増やす税金と増やす支出が同じ額、という意味です。この設定で乗数が1になることを均衡予算乗数(balanced budget multiplier)が1と言います。
※ この説明が成り立つ前提
ここまでの説明は、話を分かりやすくするために次のような単純化をしています。細かい条件なので、はじめのうちは読み飛ばしても構いません。
- 税は所得に応じて増える税ではなく、金額が決まっている税(一括税)として計算しています。
- 物価固定・閉鎖経済・限界消費性向が一定、という単純なケインズ型モデルでの結果です。
- したがって現実の財政政策で、必ずぴったり1になるわけではありません。
○×で確認
ここまでの内容を、○×で確かめます。5問すべてに答えてから、次の解説へ進んでください。
問1 政府支出と税金を同じ額だけ増やすと、差し引きゼロなので国民所得は変わらない。
問2 増税で手取りが減っても、家計は貯金を取り崩すため、消費は減った額まるごとは減らない。
問3 限界消費性向が0.8のとき、政府支出の効果はプラス5、増税の効果はマイナス4で、差し引きは1になる。
問4 均衡予算乗数が1になるのは、限界消費性向がちょうど0.8のときだけである。
問5 税と政府支出をどう動かしても、乗数は必ず1になる。
○×の解説
問1 政府支出と税金を同じ額だけ増やすと、差し引きゼロなので国民所得は変わらない。
答え:×
政府支出の1はまるごと需要になりますが、増税の1は家計が貯金を取り崩す分だけ消費を1まるごとは減らしません。出ていく力のほうが強いので、効果は残ります。
問2 増税で手取りが減っても、家計は貯金を取り崩すため、消費は減った額まるごとは減らない。
答え:○
限界消費性向が0.8なら、手取りが10万円減っても消費の減りは8万円にとどまります。この性質が、均衡予算乗数が1になるカギです。
問3 限界消費性向が0.8のとき、政府支出の効果はプラス5、増税の効果はマイナス4で、差し引きは1になる。
答え:○
1÷(1−0.8)=5、−0.8÷(1−0.8)=−4です。5−4=1で、差し引きの効果はちょうど1残ります。
問4 均衡予算乗数が1になるのは、限界消費性向がちょうど0.8のときだけである。
答え:×
式で書くと差は(1−c)÷(1−c)なので、限界消費性向cが0.6でも0.9でも必ず1になります。cの値には左右されません。
問5 税と政府支出をどう動かしても、乗数は必ず1になる。
答え:×
1になるのは、税金と支出を同じ額だけ動かしたときだけです。片方だけを動かすなら、政府支出なら5、増税なら−4というように1にはなりません。
次に読む:S3-22「財政赤字の問題」
この記事に誤りや分かりにくい点があれば、お問い合わせフォームからお知らせください。どの記事についてのご連絡かは、フォームに自動で入力されます。

