Q.貯蓄(投資)を増やせば、経済は永遠に成長し続けるのですか。
A.いいえ、永遠には続きません。貯蓄を増やすと、1人あたりの資本や生産の水準は一段高い場所へ移ります。ただし、資本が増えるほど生む量の増え方は鈍り、一方で減耗(すり減り)は資本に比例して増えます。やがて新しい投資と減耗が釣り合い、成長は止まります。これを定常状態と呼びます。貯蓄を増やすことは「到達する高さ」を上げますが、「永遠に上り続ける力」にはなりません。
まず、どこでつまずくのか
経済成長という言葉を聞くと、こんな絵が浮かびます。工場に機械を増やす。すると作れる量が増える。さらに機械を増やす。またもっと作れる。この調子で、増やせば増やすほど豊かになり続ける。多くの人がまずこう考えます。
ところが現実の国の成長を見ると、ずっと同じ勢いでは伸びていません。伸びの勢いは、だんだん鈍っていきます。ここで多くの初学者がつまずきます。「機械を増やしているのに、なぜペースが落ちるのだろう」という疑問です。
もう一つのつまずきは、規模の話です。国全体の量で考えると、人口が増えれば全体の量も増えます。すると「豊かになったのか、ただ人数が増えただけなのか」が混ざってしまいます。この記事では、この2つのつまずきを1つずつほどいていきます。
身近な例で考える
小さなパン屋さんを思い浮かべます。最初、店にはオーブンが1台もありません。ここに1台目のオーブンを入れます。すると、それまで手で焼いていた店が一気に楽になります。焼ける量がぐっと増えます。1台目の効果はとても大きいのです。
次に2台目を入れます。もちろん量は増えます。でも増え方は、1台目のときほどではありません。3台目、4台目と続けると、増える量はさらに小さくなっていきます。店の広さや働く人の数は変わらないので、オーブンだけ増やしても、追加の一台が生む量は少しずつ減っていきます。
ここで、もう一つ大事な事実があります。オーブンは使えば古くなります。壊れたり、寿命が来たりします。台数が多いほど、毎年ダメになる台数も増えます。10台あれば、1台のときより多くが毎年すり減って消えていきます。
つまり、オーブンには2つの力が働きます。増やすと生む量は増える。でも増え方は鈍る。一方で、台数が多いほどすり減って消える量は増える。この2つの力が、どこかで釣り合います。それがこの記事の核心です。
「1人あたり」で考える理由
先ほどのつまずきの一つは、人数の増加が混ざる問題でした。これをほどく道具が「1人あたり」で考えることです。
たとえば、国全体で作った量が2倍になったとします。うれしい話に見えます。でも、もし働く人の数も2倍になっていたら、1人あたりの量は変わっていません。1人ひとりの暮らしは、豊かになっていないのです。
そこで、量も機械も、すべて「働く人1人あたり」に直して考えます。1人あたりの機械の量、1人あたりの作った量、というように統一します。こうすると、人数の増減にまどわされず、暮らしの豊かさそのものを見られます。
この記事でこれから出てくる図も、すべて「1人あたり」です。横軸は1人あたりの機械や道具の量、縦軸は1人あたりの量、と読んでください。この土台があると、次の話がすっきり見えてきます。
資本を増やすと、生む量はどう増えるか
経済学では、機械や道具、建物といった「作るために使う道具の全体」をまとめて資本(しほん、capital)と呼びます。パン屋のオーブンにあたるものです。
そして、資本を増やしたときに生む量の増え方がだんだん鈍る、という性質を収穫逓減(しゅうかくていげん、diminishing returns)と呼びます。「収穫」は生み出される量、「逓減」は少しずつ減る、という意味です。つまり「追加の一台が生む量が、少しずつ減っていく」ことを表す言葉です。
図では、これは上に凸のなだらかな曲線になります。原点から右へ行くほど、線の上りかたが緩くなり、だんだん水平に近づきます。資本が少ないうちは急に上がり、資本が多くなると平らに近づく形です。これがパン屋で見た「1台目は大きい、10台目は小さい」を線にしたものです。
ここで、生んだ量のすべてを使い切るわけではありません。一部を将来のためにとっておきます。これが貯蓄(ちょちく、saving)です。そして、とっておいた分を新しい機械に変えることを投資(とうし、investment)と呼びます。モデルの中では、貯蓄がそのまま新しい機械を積む量になります。
経済学ではこう使う:定常状態
いよいよ2つの力を1つの図で釣り合わせます。図には2本の線を描きます。
- 1本目は「新しく積む機械の量」。これは生む量に貯蓄率をかけたもので、収穫逓減により、上に凸のなだらかな曲線になります。資本が増えるほど、上りかたは鈍ります。
- 2本目は「すり減って消える機械の量」。台数が多いほど比例して増えるので、原点から右上へのまっすぐな直線になります。この「すり減り」を減耗(げんもう、depreciation)と呼びます。
この2本は、必ずどこかで交わります。左のほうでは、曲線が直線より上にあります。新しく積む量が、すり減る量より多い状態です。だから資本は増えます。図では右へ動きます。
逆に右のほうでは、曲線が直線より下になります。新しく積む量より、すり減る量のほうが多い状態です。だから資本は減ります。図では左へ戻ります。
結局、どちらから始まっても、2本が交わる点に落ち着きます。この点では、新しく積む量とすり減る量がちょうど等しくなります。1人あたりの資本はもう増えも減りもしません。この落ち着いた状態を定常状態(ていじょうじょうたい、steady state)と呼びます。
これが「なぜ成長はいつか止まるのか」の答えです。資本を増やしても、生む量の増え方は収穫逓減で鈍る。一方で減耗は資本に比例して増える。両者が釣り合った瞬間、1人あたりの成長は止まるのです。
「止まる」の意味を正確に
ここで止まるのは、1人当たりの資本と1人当たりの生産です。国全体のGDPは、人口が増えればそのぶん増え続けます。
さらに、このモデルは技術進歩を入れていないいちばん単純な形です。技術が進歩すれば、定常状態に達したあとも1人当たりの生産は伸び続けます。「成長が永久に止まる」という話ではない、という点だけ押さえておいてください。
※ この説明が成り立つ前提
ここまでの説明は、話を分かりやすくするために次のような単純化をしています。細かい条件なので、はじめのうちは読み飛ばしても構いません。
- 技術進歩を入れていない、いちばん単純な形のモデルです。技術が進歩すれば、定常状態でも1人当たりの生産は伸び続けます。
- 止まるのは1人当たりの資本と生産です。人口が増えれば国全体のGDPは増え続けます。
- 「収穫逓減」はここでは、労働を一定にしたまま資本だけ増やしたときに効き目が薄れる、という意味です。
○×で確認
ここまでの内容を、○×で確かめます。5問すべてに答えてから、次の解説へ進んでください。
問1 定常状態とは、新しく積む資本の量とすり減って消える量がちょうど等しくなり、1人あたりの資本が増えも減りもしない状態である。
問2 貯蓄を増やせば、経済は永遠に成長し続ける。
問3 収穫逓減とは、資本を増やすと生み出される総量そのものが減っていく、という意味である。
問4 国全体の生産が2倍になっても、働く人の数も2倍になっていれば、1人あたりの量は変わっていない。
問5 成長が止まって定常状態になることは、経済が不況におちいることを意味する。
○×の解説
問1 定常状態とは、新しく積む資本の量とすり減って消える量がちょうど等しくなり、1人あたりの資本が増えも減りもしない状態である。
答え:○
図では、貯蓄(投資)の曲線と減耗の直線が交わる点にあたります。どちらから始まっても、経済はこの点に落ち着きます。
問2 貯蓄を増やせば、経済は永遠に成長し続ける。
答え:×
貯蓄を増やすと定常状態はより高い場所へ移りますが、いずれ新しい定常状態で止まります。貯蓄を増やすことは「到達する高さ」を上げるだけで、「永遠に上り続ける力」にはなりません。
問3 収穫逓減とは、資本を増やすと生み出される総量そのものが減っていく、という意味である。
答え:×
減るのは総量ではなく、「追加の一台が生む量の増え方」です。総量そのものは、なお増えていきます。
問4 国全体の生産が2倍になっても、働く人の数も2倍になっていれば、1人あたりの量は変わっていない。
答え:○
人数の増加が混ざると、豊かになったのか人数が増えただけなのかが分からなくなります。だからこのモデルでは、すべてを「1人あたり」に直して考えます。
問5 成長が止まって定常状態になることは、経済が不況におちいることを意味する。
答え:×
定常状態は不況ではありません。1人あたりの資本が高いまま安定している、落ち着いた状態を指します。
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