フィリップス曲線と自然失業率:失業率とインフレ率のふしぎな関係

マクロ S3-37 フィリップス曲線 マクロ経済学

Q.失業率が下がると、なぜ物価が上がりやすくなるのですか。

A.働き手を探す会社が増えるからです。人手が足りないと、会社は「うちに来てください」と賃金を上げます。賃金が上がると、会社はその分を商品の値段に上乗せしがちです。だから物価が上がりやすくなります。これがフィリップス曲線の右下がりの正体です。ただしこの関係は短い期間のものです。長い目で見ると、人々が「物価は上がるもの」と予想し始めます。すると賃金も値段も先回りして上がるため、失業率とインフレ率のあいだに安定した交換関係はなくなります。長い目で見た線は、自然失業率のところで縦にまっすぐ立ちます。

⭐ 重要度:A / 出題頻度:B

📘 テキスト対応:第19章 19-5、第14章 14-4(フィリップス曲線)

📗 前提記事S3-18「貨幣の中立性」

⏱ 読了目安:10分

まず、どこでつまずくのか

ニュースで2つの言葉をよく聞きます。「失業率(しつぎょうりつ、unemployment rate)」と「インフレ率(inflation rate、物価の上がり方)」です。

失業率は、働きたいのに仕事がない人の割合です。インフレ率は、世の中の物の値段がどれくらい上がったかを示す数字です。

この2つは、ふつうは別々の話に見えます。仕事の話と、値段の話だからです。

ところが経済学では、この2つがつながっていると考えます。ここが最初のつまずきどころです。

さらにやっかいな点があります。「短い期間ではつながっているが、長い期間ではつながらない」と説明されるのです。これが矛盾に聞こえて、多くの人が止まってしまいます。

この記事では、身近な例から出発して、その両方の意味をゆっくりほどいていきます。

身近な例で考える

町のパン屋さんを思いうかべてみます。

景気が良くなり、パンがよく売れる時期が来たとします。お店はもっと焼きたいので、働き手を増やしたくなります。

同じころ、まわりのお店も人を探しています。町じゅうで「人手が足りない」という状態です。

すると、どうなるでしょうか。仕事を探している人にとっては、選び放題になります。仕事が見つかりやすいので、失業している人は減ります。

一方でお店は困ります。人が集まらないからです。そこでお店は、時給を上げて「うちで働いてください」と呼びかけます。

時給、つまり賃金(ちんぎん)が上がりました。ここでお店の気持ちを考えます。

賃金が上がった分、パンを作る費用も増えています。お店はその分を、パンの値段に少し上乗せしたくなります。

こうして、こんな流れが生まれます。

  • 景気が良い → 人手が足りない
  • 人手が足りない → 失業が減る
  • 人手が足りない → 賃金が上がる
  • 賃金が上がる → 物の値段が上がる(インフレ)

失業が減ることと、物価が上がることが、同じ流れの中でつながりました。これが出発点です。

フィリップス曲線とは

いまの流れを、1本の線でまとめたものがあります。それがフィリップス曲線(Phillips curve)です。

名前は、この関係を調べた研究者フィリップスさんに由来します。名前は覚えなくても大丈夫です。中身が大切です。

グラフを想像してみます。横の向きに「失業率」、たての向きに「インフレ率」を取ります。

先ほどのパン屋さんの話を思い出します。失業率が低いとき、インフレ率は高くなりました。反対に、失業率が高い不景気のときは、値段はあまり上がりません。

つまり、失業率が低いほどインフレ率は高く、失業率が高いほどインフレ率は低い、という関係です。

これをグラフに描くと、左上から右下へ下がっていく線になります。この「右下がりの線」がフィリップス曲線です。

右下がりは、こう読み下せます。「失業を減らそうとすると、そのかわりに物価が上がりやすくなる」。逆に「物価を抑えようとすると、失業が増えやすい」。

片方を良くすると、もう片方が少し悪くなる。この「あちらを立てればこちらが立たず」の関係が、この曲線の見どころです。

インフレ率(%)失業率 失業↓→インフレ↑ 失業↑→インフレ↓ 短期 長期(垂直) 自然失業率
図 短期フィリップス曲線は右下がり(失業↓でインフレ↑)。長期は自然失業率で垂直になる

なぜ右下がりになるのか

もう少しだけ、理由を掘り下げます。急がずに進みます。

会社が商品をたくさん売りたいとき、必要なのは働き手です。売れる量を増やすには、作る人や運ぶ人がいります。

景気が良くて注文が多いと、会社はたくさんの人をほしがります。求人が増えるので、仕事はすぐ見つかります。失業率が下がります。

ところが、働ける人の数には限りがあります。ほしい人数に対して、人が足りなくなります。

足りないものは、値段が上がります。これは魚でも野菜でも同じで、働き手でも起こります。

働き手の値段、つまり賃金が上がります。会社は増えた費用を商品の値段にのせます。だから物価も上がります。

まとめると、こうなります。

  • 失業率が下がる場面は、人手が足りない場面である
  • 人手が足りないと、賃金と物価が上がりやすい
  • だから失業率が低いほど、インフレ率は高くなりやすい

この「人手の不足」が、右下がりを生む中心の仕組みです。

経済学ではこう使う

ここからが、この記事のいちばん大事な場面です。「短い期間」と「長い期間」を分けて考えます。

まず短い期間の話です。急に景気が良くなった直後を考えます。

このとき、働く人はまだ気づいていません。「そのうち物価が上がるぞ」とは思っていないのです。だから、少し賃金が上がっただけで喜んで働きます。

会社は安く人をやとえるので、生産を増やせます。失業が減り、同時に物価も上がります。フィリップス曲線の右下がりが、そのまま働きます。

次に長い期間の話です。しばらくすると、人々は学びます。「最近ずっと物価が上がっているな」と気づくのです。

この「これから物価はこれくらい上がるだろう」という見込みを、予想インフレ率(expected inflation、予想される物価の上がり方)と呼びます。

働く人が「物価は上がる」と予想すると、行動が変わります。「物価が上がるなら、その分だけ賃金も上げてほしい」と要求します。

すると、賃金は先回りして上がります。会社もそれを見こんで、はじめから値段を高く付けます。

ここが肝心です。物価が上がっても、賃金も同じだけ上がるなら、会社にとって働き手は「安く」なりません。

安くならないなら、会社は無理に人を増やしません。結局、失業率はもとの位置にもどってしまいます。

このもどっていく先の失業率を、自然失業率(natural rate of unemployment)と呼びます。

自然失業率とは、景気の良し悪しに関係なく、いつも残るくらいの失業率のことです。転職の途中の人や、条件が合う仕事を探している人などがいるため、失業率はゼロにはなりません。その落ち着き先が自然失業率です。

長期には曲線が垂直になる

いまの話を、もう一度グラフで思いうかべます。

短い期間では、失業率を下げるとインフレ率が上がりました。線は右下がりでした。

ところが長い期間では、失業率は自然失業率にもどってしまいます。物価がいくら上がっても、失業率はその位置から動きません。

これをグラフにすると、自然失業率のところに、たてにまっすぐ立つ線になります。これが長期フィリップス曲線で、垂直の直線です。

垂直、という形が意味することは、こうです。「長い目で見ると、インフレ率がいくつであっても、失業率は自然失業率のまま」。

言いかえます。物価を上げ続けても、失業を永久に減らすことはできません。減らせるのは、人々が予想を変えるまでの、短い間だけです。

予想が追いつくと、右下がりの短期の線じたいが、上のほうへずれて動きます。そして失業率は自然失業率へ引きもどされます。

短期は動ける、しかし長期は自然失業率に固定される。この二段構えが、この単元の結論です。

※ この説明が成り立つ前提

ここまでの説明は、話を分かりやすくするために次のような単純化をしています。細かい条件なので、はじめのうちは読み飛ばしても構いません。

  • 短期の右下がりの関係は、人々が予想する物価上昇率(期待インフレ率)が変わらない間の話です。
  • 長期には関係が「消える」のではなく、自然失業率のところで縦にまっすぐな線になります。
  • 自然失業率は失業ゼロではありません。転職中の人など、一定の失業は必ず残ります。
  • 原油高などで物価が上がると、短期の線そのものが上へ動きます。

○×で確認

ここまでの内容を、○×で確かめます。5問すべてに答えてから、次の解説へ進んでください。

問1 短期のフィリップス曲線は、失業率が低いほどインフレ率が高くなる右下がりの線である。

問2 失業率とインフレ率が逆に動く関係は、長い期間で見ても変わらず成り立つ。

問3 自然失業率とは、失業している人が一人もいなくなった状態のことである。

問4 長い目で見たフィリップス曲線は、自然失業率のところで垂直になる。

問5 物価を上げ続けさえすれば、失業をいつまでも減らし続けることができる。

○×の解説

問1 短期のフィリップス曲線は、失業率が低いほどインフレ率が高くなる右下がりの線である。

答え:○

そのとおりです。人手が足りないと賃金が上がり、会社はその分を値段に上乗せするからです。「失業を減らそうとすると物価が上がりやすい」という関係を表しています。

問2 失業率とインフレ率が逆に動く関係は、長い期間で見ても変わらず成り立つ。

答え:×

これは短い期間だけの話です。長い期間では人々が物価上昇を予想し始め、賃金も値段も先回りして上がるため、この安定した関係はなくなります。

問3 自然失業率とは、失業している人が一人もいなくなった状態のことである。

答え:×

ちがいます。転職中の人などが必ずいるため、失業率はゼロにはなりません。その落ち着き先が自然失業率です。

問4 長い目で見たフィリップス曲線は、自然失業率のところで垂直になる。

答え:○

そのとおりです。覚え方は「短期は右下がり、長期は垂直」です。この2つをつなぐカギが予想インフレ率になります。

問5 物価を上げ続けさえすれば、失業をいつまでも減らし続けることができる。

答え:×

減らせるのは一時的です。人々が物価上昇を予想し始めると、賃金も先回りして上がるため効果はなくなります。この単元の主役は人々の予想です。


次に読むS3-38「期待形成とマークアップ」

この記事に誤りや分かりにくい点があれば、お問い合わせフォームからお知らせください。どの記事についてのご連絡かは、フォームに自動で入力されます。